角松敏生
TOSHIKI KADOMATSU(かどまつ・としき)

1981年6月、シングル・アルバム同時リリースでデビュー。以後、彼の生み出す心地よいサウンド は多くの人々の共感を呼び、時代や世代を越えて支持されるシンガーとしての道を歩き始める。 また、他アーティストのプロデュースをいち早く手掛け始め、特に1983年リリースの杏里「悲しみがとまらない」、1988年リリースの 中山美穂 「You're My Only Shinin' Star」はどちらも角松敏生プロデュース作品として業界チャート誌の第1位を記録、今だスタンダードとして歌い継がれている。

1993年までコンスタントに新作をリリース、いずれの作品もチャートの上位を占める。年間で最高100本近いコンサート・ツアーを敢行。1997年にNHK“みんなのうた”としてリリースされたシングル「 ILE AIYE(イレアイエ)~WAになっておどろう」/AGHARTA(アガルタ :角松敏生が結成した謎の覆面バンド )は社会現象ともいえる反響を集め大ヒット。1998年2月の<1998 長野冬季オリンピック>閉会式では自らAGHARTA のメインヴォーカルとしてその大舞台に立ち、今や国民的唱歌「WAになっておどろう」 が披露され、この映像は全世界に向けて映し出された。

リリースに平行して、大型ホールからライヴハウスまで、20周年や25周年記念ライヴのような一度きりのスペシャルイベントから全都道府県ツアーまで、様々な形態で精力的にコンサートを行い、その妥協を許さないスタンスとクオリティで常に音楽シーンの最前線で走り続けている。また2002年と2005年には映画音楽を手がけ、また自身が役者として芝居の殿堂でもある下北沢・本多劇場のステージに主役として立つとともに音楽、映像監督を同時に務めるなど、新たなチャレンジも行っている。2008年12月には、新しい章の幕開け< The beginning of the SEASON Ⅲ>と銘打ったコンサートを行い2009年、ニューアルバム「NO TURNS」とライヴ活動で本格的なスタートを切る。

メッセージ

アフリカの飢餓の問題は、今に始まったことではなく、長い歴史があると思いますが、昨今ソマリアを含めて、あの近辺は非常に厳しい状況だという話は、ネットやニュースや知人から聞いて、自分なりに理解しているつもりです。

政治的に不安定な所に、自然の猛威である災害が重なると、非常に厳しい状況になるということです。今回、アフリカが厳しい状況になっていると聞いたとき、ふと思ったのは、2011年、わが国も非常に大きな災害に見舞われたことです。

自然災害という意味では優劣が無いですから、同じことですよね。それにもかかわらず、わが国は、復興に向けて皆が一丸になって頑張っている。その違いは何なのかと考えると、国の安定や、一番重要なことは、教育ではないかと僕は思います。

世界中には、いろんな思想、考え方、宗教、主張を持った人が暮しているわけです。その中で必要な教育というのは「いろいろな考えがありますよ」、「いろいろな生き方がありますよ」と、要するに偏らない教育、そういうものが根幹には必要ではないか、と思います。

今回の震災においても、いろいろな国が駆け付けてくれました。開発途上国の人々からの支援もたくさんあったというのは、今まで日本がその国に対して思いを寄せていたということの表れだと思います。

その思いがあったら、「自分ができること」をすれば良いのでは、と僕は思います。

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