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世界が見えるトピックス 開発途上国レポート

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「世界一幸せな国」として、世界中から関心が寄せられるブータン。実は、日本とブータンには、深いつながりがあります。2012年6月、ファッションモデルで、なんとかしなきゃ!プロジェクト著名人メンバーの押切もえさんが訪問し、ブータンと日本との確かなきずなを見つけてきました。
押切もえ MOE OSHIKIRI
1979年生まれ。千葉県出身。ティーン雑誌の読者モデルから、「CanCam」の専属モデルを経て、現在は「AneCan」の専属モデルを務める。現在は、nottv「notty★live」でMCを務める他、テレビ・ラジオ・デザイン業・執筆活動と多方面で活躍中。なんとかしなきゃ!プロジェクト著名人メンバー。

押切もえさんの訪問の様子が動画でご覧いただけます。

 
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「世界一幸せな国」として、世界中から関心が寄せられるブータン。日本は梅雨の真っただ中の6月、ヒマラヤ山脈を眼下に見下ろしながら、この国に降り立ったのはファッションモデルの押切もえさん。環境省が推進する「チャレンジ25キャンペーン」(※)にも参加した経験もある彼女は、「環境は地球全体の問題。世界の人々がどのような問題を抱えているのか知りたい」と考えており、今回、その思いがかなって「なんとかしなきゃ!プロジェクト」の著名人メンバーとしてブータンへの訪問が実現しました。

※地球温暖化防止のため、温室効果ガス排出量の25パーセント削減を達成するために具体的な行動を日本国内に普及していく活動。

「幸せの国」の農業振興と観光開発

最初の滞在地は、海抜約2300メートルと高地に位置する首都ティンプー。高地特有の強い日差しを浴びながら向かった先は農業機械化センター。日本がかつて、ブータンの農業振興のために建設から技術移転までを支援した施設です。
1960年代にこのセンターにJICA専門家として派遣され、以降、28年にわたりブータンの農業に身をささげた日本人がいます。ブータン最高の爵位(しゃくい)「ダショー」を贈られた西岡京治さん。亡くなって20年、いまだ“ダショー西岡”として地元の人々の記憶に深く刻まれています。
この日、西岡さんから指導を受けたという、元センター所長のジャンベイ・ドージさんに会うことに。「私たちは“ダショー西岡”から換金作物の栽培方法を学び、農家の生計向上につなげることができたのです」と懐かしそうに話していました。“ブータンの農業の父”と呼ばれ慕われてきた西岡さんの話を聞いた押切さんは、「日本人の大先輩がブータンと日本の架け橋となってきたんですね」と感動していました。

その後、世界でも珍しいオグロヅルの飛来地として有名なポブジカへ。急しゅんな山岳地帯が国土の大半を覆っているため、首都から直線距離で40キロのポブジカまで7時間もかかってしまう大変な道のりでした。
ここで活動するのが、公益社団法人日本環境教育フォーラム(JEEF)。JICA草の根技術協力事業を通じて、地元のNGOと協働で地域資源を活用した観光開発に取り組んでいます。「政府は観光を主要産業の一つとし、外国人観光客の増加を推進しています。でも、ポブジカのような小さな都市は観光資源も少ないため、人々は模索していました」とプロジェクトマネージャーの田儀耕司さんは話します。そこで田儀さんたちが目を付けたのがこの土地に伝わる伝統衣装。「機織り体験を通じて観光客との交流を促進し、町が活性化するきっかけがつくれれば」と熱く語ってくれました。

田儀さんの案内で、現地の男性が身に付ける伝統衣装「ゴ」を織る様子を視察した押切さん。「日本では着物を着る機会が減っています。日常的に伝統衣装を着る文化が残っているのはとても素晴らしいですね」と感想を述べていました。
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ドージ元所長に農業にかける熱い思いについて聞く押切さん
©丸山涼子(face to face)


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押切さんもブータンの民族衣装の機織りに挑戦。「一本一本の糸に情熱が込められているのですね」
©丸山涼子(face to face)

ブータンで見つけた日本とのきずな

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子どもたちに日本とブータンの“きずな”について説明する押切さん
©丸山涼子(face to face)


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ブータン国王・王妃陛下と。両陛下が京都で購入されたツルとカメの置物についても話は及びました
©丸山涼子(face to face)
続いて、日本の支援で建設されたポブジカ小中学校へ。授業中、流ちょうな英語で発表する子どもたちに押切さんは驚きを隠せません。「小さいころから英語を学んでいれば、世界中の人たちとコミュニケーションが取れるようになり、世界が広がりますよね」とリーラ・バハドゥー・ターラ校長は説明してくれました。

押切さんから子どもたちへのプレゼントは“きずな”をテーマにした授業。東日本大震災後、ブータンのジグミ・ワンチュク国王・王妃陛下の被災地訪問を通じて生まれた“きずな”が、東北の人々の大きな支えになったことを伝え、「人と人とが支え合う“きずな”を大切にしてほしい」と語りかける押切さん。聞き慣れない言葉を聞き、手元にノートがなかったのか、手に“KIZUNA”とメモを取っている子もいました。

ポブジカから首都に戻った押切さんを待っていたのは、ブータン国王・王妃陛下に謁見できるというビッグニュース!!大学時代に日本の歴史を勉強していたという国王陛下は「愛すべき日本の友人の来訪はいつでも歓迎」と、公務の間をぬって、あの優しい笑顔で押切さんを歓迎してくれたのです。
「首都ティンプーは都市化の影響もあり、人々がお互いを敬い、支え合う精神が薄れてきている。でも私は、その精神こそ、守っていかなければならないと考えているのです」と国王陛下。押切さんは日本人を代表して、「お互いを支え、敬うという文化を尊重する日本人を愛している」と温かい言葉を頂くことができました。

初めて訪れたブータンを「幸せの先に人と人との“きずな”が見える。」と押切さんは表現します。「私ももっと勉強して自分ができることを探していきたい」。ファッションモデルなどの仕事を通じて、これからたくさんの“きずな”を生み出してくれるに違いありません。
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