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世界が見えるトピックス 開発途上国レポート

永島昭浩さんのラオス訪問

昨年、初めての「なんプロ」視察でスーダンを訪ねた永島昭浩さん。遠い国で奮闘する日本人の姿は、かつてサッカー日本代表として多くの国に遠征し、現在はスポーツの最新情報をお茶の間に伝える永島さんにとって、懐かしさと新鮮さが半々のようです。今回の訪問国はラオス。どんな国か楽しみ!と元気に旅立ちました。

1.空港で見つけた、日本とラオスの絆

ビエンチャン国際空港に降り立った永島さんは、早速視察を開始。国際線ターミナルは1999年に日本の支援で建設され、2013年からターミナル拡張工事に日本が協力しています。かつて空港建設に携わった日本人技術者が、今も拡張工事に参加していると聞いた永島さん、「国際空港はその国の顔。大事な建物をまた日本に任せたいと思ってもらえたのが嬉しいね」とラオスが日本に寄せる信頼の大きさを実感していました。

空港ターミナル拡張工事現場を見学空港ターミナル拡張工事現場を見学

2.悲しい過去を超えていく人々

世界遺産の古都ルアンパバーンでは、ラオスの悲しい過去と、それを乗り越えようとする人々に出会いました。

クラスター爆弾の模型に表情が一変したクラスター爆弾の模型に表情が一変した

ベトナム戦争でラオスが戦場になったことはあまり知られていませんが、1950年代から1970年代の間に米軍により200~300万トンの爆弾が投下され、多くの不発弾が残っています。除去作業は今も続き、特に危険なのが、2010年にオスロ条約により使用が禁止された「クラスター爆弾」。ボンビーと呼ばれる小型のボール状の爆発物がぎっしり詰まった大型爆弾で、着弾するとボンビーが四方に飛び散り、被害を拡げます。「この一つ一つが全部爆弾・・・」 UXO-LAO(ラオス不発弾処理プロジェクト)のビジターセンターでクラスター爆弾の模型を見た永島さんから、いつもの笑顔が消えました。

不発弾探知トレーニング場で金属探知体験。「トレーニング場とわかっていても緊張する」不発弾探知トレーニング場で金属探知体験。「トレーニング場とわかっていても緊張する」

ボートで移動中、伊藤隊員の説明に耳を傾けるボートで移動中、伊藤隊員の説明に耳を傾ける

ルアンパバーンの街から40キロ、UXO-LAOで活動中の伊藤珠希青年海外協力隊員からラオスの不発弾事情を聞きながら、車とボートを乗り継いでたどり着いたハカン村では、3年前にクラスター爆弾の不発弾の被害に遭った4人の子供たちに話を聞きました。6人でタケノコ採りに行って見つけた「ボール」を持ち帰り、分解して遊ぼうとしたときに爆発。2人が亡くなり、4人も大けがをしました。村の長老は「政府の移転政策で20年ぐらい前に山の向こうから引っ越してきたので、近くに不発弾があるとは知らなかった」と語り、4人の中で一番年長のローくん(16歳)も「事故に遭うまで不発弾を見たことはなかった」と言います。子どもたちのお腹や足の傷跡に胸を痛めた永島さんは、時間ぎりぎりまで一人一人の肩を抱き、勇気づけていました。

「辛いこと思い出させちゃってゴメンな」に首を振るローくん(右から2人目)。話を聞きに来てくれて嬉しいと言う。「辛いこと思い出させちゃってゴメンな」に首を振るローくん(右から2人目)。話を聞きに来てくれて嬉しいと言う。

ローくんのような被害を防ぐため、UXO-LAOは各地の小学校を回って啓発活動をしています。永島さんが訪れた小学校では、子どもたちが寸劇を披露していました。畑仕事の手伝い中に「ボール」を見つけ、遊ぼうとする子と止めようとする子が揉める中、付け髭姿の大人役が登場し、爆発するから触っちゃダメ、と諭す内容。「不発弾は危ない」の歌をみんなで歌って締めとなりました。

熱演する小学生「ボールがあったよ、遊ぼうよ」「ダメ、それはきっと危ないものだよ」熱演する小学生「ボールがあったよ、遊ぼうよ」「ダメ、それはきっと危ないものだよ」

ルアンパバーンの聾学校では、「アジアの障害者活動を支援する会」(ADDP)が主催するユニバーサルスポーツ啓発イベントで「卓球バレー」を体験。6人1チーム、計12人が卓球台を囲んで座り、かまぼこ板のような木の板で卓球のボールを弾き合って自陣を守る競技です。ボールの大きさは違っても球技は永島さんの十八番。機敏なディフェンスや、フェイントを駆使したアタックを連発し、チームのメンバーとハイタッチして楽しみました。

卓球バレーを初体験。すぐにコツをつかむ永島さん。卓球バレーを初体験。すぐにコツをつかむ永島さん。

このイベントで出会ったラーさん(19歳)は、11才のときに不発弾の事故で失明。「絶望したけれど、視覚障害者用スポーツ"ゴールボール"と出会って人生が楽しくなった」と語ります。今では勉学の傍ら、ゴールボールのラオス代表として活躍するラーさんは、もっと練習をがんばって東京のパラリンピックに出たい、とはにかみながら教えてくれました。

3.みんなでサッカー!

ビエンチャンに戻った永島さんは、60人の小学生とサッカー教室で交流しました。ラオスサッカー連盟でユースコーチを務める遠藤竜助隊員を中心に、ラオス各地から駆けつけた青年海外協力隊員が、ラオス語を駆使して永島さんをサポートします。初めてサッカーをするこどもも多かったため、「投げ上げたボールをキャッチする前に何回手を叩けるかな?」「他の子とぶつからずにドリブルでどこまで遠くに行けるかな?」と、楽しみながら少しずつサッカーボールに慣れるプログラムになりました。

快晴の空に子どもたちが投げ上げたボールが一斉に舞い、大はしゃぎでボールを追う子たちに目を細める永島さん。「チョーさん先生」の指導にみんなが引き込まれ、最後は5対5のゲームでいい汗を流しました。

アシスタント役の協力隊員たちにプログラムを説明。アシスタント役の協力隊員たちにプログラムを説明。

「やったー!上手くできたね!」「やったー!上手くできたね!」

女の子チームの助っ人として奮戦女の子チームの助っ人として奮戦

質問コーナーでは、永島さんのようにサッカーが上手になりたい、シュートを決めたい、との質問が。
「うまくなるには学校やクラブで教えてもらう時だけ練習するのではなく、自分で工夫して毎日練習を続けることが大事だよ」、「シュートを決めるには、ゴールに12人目のチームメイトがいると思って、その人にパスする気持ちで打ってみて」と優しくアドバイスします。終了後はサインを求めるこどもたちが何重にも永島さんを囲み、サインを終えた永島さんの髪には、誰が挿したのか、いつのまにか白い花が二輪。

サイン会中サイン会中

花の髪飾りも似合います花の髪飾りも似合います

「サッカーを楽しみ、チームの仲間のために頑張ってプレーする姿がとても素敵だった!」との永島さんの感想に、子どもたちだけでなく、先生や隊員、JICA事務所のメンバーも満開の笑顔になりました。

教室終了後には、遠藤隊員の案内でラオスサッカー連盟を訪問し、意見交換をした永島さん。長年の友好関係にある日本サッカー協会からお預かりした公式球とアカデミーのユニフォームを寄贈し、しっかりと握手しました。

公式球の価値を知るサッカー協会の人々、「大切に使いますね」と約束してくれた公式球の価値を知るサッカー協会の人々、「大切に使いますね」と約束してくれた

視察の合間を縫って、ルアンパバーンでは朝5時から托鉢を体験し、象に乗って湖を散歩してびしょ濡れになり、ナイトマーケットで協力隊員オススメのミックスフルーツジュースを「うまい!」と一気飲み。ビエンチャンでは地元の人々に交じって路線バスに乗り、前述のラーさんの指導でゴールボールも体験した永島さん。初めてのラオスは全てが新鮮で、何でもやってみよう!と終始元気いっぱいにチャレンジし続けました。(了) 

托鉢を体験。もち米の取り扱いにやや苦戦中。托鉢を体験。もち米の取り扱いにやや苦戦中。