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世界が見えるトピックス 開発途上国レポート

佐々木則夫さんのブラジル訪問~遠くて近いブラジルと日本の繋がり~

2.日系社会で活躍する日本人

JICA(独立行政法人国際協力機構)では、海外ボランティアという形態で、人々の持つ技術や専門知識を現地の課題解決のために活用する機会を提供しています。今回佐々木さんが訪れたブラジルでは、「日系社会青年ボランティア」として、日系社会の発展のため活動している日本人の方々にお会いしてきました。

地域の教育施設で先生として活躍する菅野ボランティア

まず訪れたのは、「サウージ学園」。1993年に始まり、現在は日系人を含む生後4ヶ月から10歳までの生徒100人以上を抱え、地域の教育施設としての役割を担っています。
ここで活動しているのは、菅野静香さん。日本語や日本文化を伝えるための指導をしており、私たち一行を、子どもたちと一緒に、日本の歌に合わせたダンス、「ラーメン体操」や「よさこい」を披露して出迎えてくれました。

佐々木さんが菅野ボランティアに質問

歌って踊って大歓迎です!
佐々木さん:
なぜ日系社会青年ボランティアをやろうと思ったの?
菅野さん:
日本で小学校教諭をしていたときの教え子に、日系人がいたのですが、その子はポルトガル語しか理解できなくて、周囲とのコミュニケーションもあまりうまくいかなかったんです。そして、ある日突然学校に来なくなってしまいました。もし私がもう少し日系社会について理解していれば、何かできることがあったかもしれません。その経験から、「自分の目で見てみよう!」と思い、今に至ります。
佐々木さん:
すごい行動力だね。現地に来たことで一番自分が変わったなあと思うところは?
菅野さん:
教師は教える立場でもあるけれど、受け入れることが一番大切だと学びました。最初は生徒に完璧を求めるがあまり、「菅野先生は厳しすぎる!」と言われていたんです。
けれど、ポルトガル語で「Tudo bem(トゥドベン)」という言葉があって、「OKだよ」「大丈夫だよ」という意味なのですが、最初は口だけで言っていたこの言葉も、いつしか本心から生徒に言うことができるようになっていました。。
佐々木さん:
現地で困難もたくさんあったと思うけれど、何に支えられていたの?
菅野さん:
周りの人たちです。悩んでいるときも決して私のことを見捨てず、向き合って、温かく見守ってくれました。特に園長先生には本当に支えられました。
佐々木さん:
任期が終わるまでの目標、帰国後の目標はありますか?
菅野さん:
任期終了までの目標は、私が帰国しても困らないように引継ぎを行うこと。また、書道や移民教育も行いたいです。そして帰国後は海外に教員として派遣されたからこそ見えてきた、日本の教育の課題にアプローチしたいと考えています。
佐々木さん:
夢は大きいほうがいい!ブラジルでの経験があるからこそ菅野先生にできることがあるはずです!

佐々木さんは学園を後にする折、「菅野さんがブラジルで働いていることは、本当に素晴しいことだと思います。彼女自身、たくさんの困難に直面したはずですが、今日初めて会っただけでも、当初から随分と成長したのだろうなあと感じさせられました。彼女の能力や気持ちが、学園に浸透している感じがします」と話していました。

子供たちと一緒に佐々木さんもダンス!子どもたちと一緒に佐々木さんもダンス!
よさこいを披露してくれた子供たちよさこいを披露してくれた子どもたち

日系社会と共に歩む病院で栄養士を勤める牧野ボランティア

サンパウロ市内の総合病院、サンタクルス病院で栄養士としてボランティア活動をしている牧野夏実さん。
1939年に建設されたこの病院は、当時南米一と謳われ、その後日系社会の歴史と共に歩みを進め、現在では外科と眼科においてブラジルで屈指の技術力を持つ病院となっています。
患者さんの30%が日系人で、日本語での診療も受けることができます。「ドイツで選手のお腹が痛くなったときに、どういう風に痛いのかを病院で伝えるのが大変だった。日本語で診てもらえるのは安心ですね」と佐々木さんは話していました。

サンタクルス病院にある移民30周年の記念碑

日本食を伝える

日系の患者さんのニーズに応えるため、日本食の病院食を提供しているサンタクルス病院。しかし、今年の5月まで、厨房の栄養士に日系人はいませんでした。牧野さんは6月からボランティアとして派遣されており、既存の日本食メニューを日本の味に近づけていく仕事をしています。

厨房で作った料理を栄養士が実際に試食して味を確認厨房で作った料理を栄養士が実際に試食して味を確認

厨房を担当する同僚とのコミュニケーションに苦労したこともありましたが、今ではポルトガル語も上達し、日本語の通訳としての役割も果たしています。
厨房を見学した佐々木さんは、「一人で日本食を伝えていくのは立派な役目だと思う。日本人として、若者として、現在の日本食を伝えていくリーダーとして、遺憾なく力を発揮してほしい」とエールを送りました。

ボランティアのお二人と出会って

菅野さんと牧野さん、二人の女性ボランティアと出会った佐々木さんは、「言葉の問題などを乗り越えた彼女たちは、すごくパワーアップしているんだろうなあと思いました。この経験を活かし、未来の人生でステップアップしてほしいです。地球の反対側で日本の女性が日本の文化を継承しようと活躍している姿に、僕自身も新たにファイトが湧いてきました。このレポート記事を通じて、より多くの女性、日本人がパワーをもらって、日本や世界でチャレンジしていただければ嬉しいです」と熱く語ってくれました。

日本とブラジルの繋がりの象徴ともいうべきサンタクルス病院で、日本食を伝える牧野さん。入院中の楽しみである病院食が美味しくなって、患者さんも喜んでいるのではないかと思います。牧野さんの活動を拝見して、ボランティアの素晴らしさを実感しました。(山部)

ボランティアが現地で1人、活動することで、起こる変化は確実にあると感じました。日系社会青年ボランティアをはじめ、JICAボランティアの可能性に気づくことができました。(戸田)

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