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世界が見えるトピックス 開発途上国レポート

永島昭浩さんのレポート~地震から立ち上がるネパール 日本が広げる「より良い復興」~

2.広がるスポーツの可能性、未来に向けたこれからの協力

スポーツがネパールを「一つ」に

ネパールは100以上もの異なる民族が存在すると言われる多民族国家です。多くの言語、多数の宗教が存在していることに加え、今なお「カースト制」も人々の生活に根を張り続けています。カーストによって就ける仕事が分かれていたり、交流できる相手が限られていたり、「異なるカーストが食事に使用したお皿は、他のカーストは使用できません」、そんな話も道中耳にし、人々がカーストによって分断されている実態を知った永島さん。
しかし、そんなネパール人がカースト、民族、宗教、それを飛び越えて一つになる瞬間があります。クリケットやサッカー等、スポーツでネパールチームが勝利を上げると、ネパールの人々は肩を抱き合い声を上げ、共に勝利を喜びます。また、スポーツには選手の出生は問われません。「サッカーが、この国を一つにする可能性があると信じています」在ネパール日本大使館、小川大使のメッセージです。
サッカーでも日本は協力をしています。今、日本サッカー協会はネパール代表チームの監督として、日本人指導者、行徳浩二さんを現地に派遣中です。実は永島さんと行徳さんとは同い年、高校時代に国体の決勝で戦ったライバル同士。異国の地で35年ぶりの再会となりました。行徳さんの指導の下、ネパール代表チームも徐々に南アジア地域で実力を上げています。

全ネパールサッカー協会にて。右から2人目が行徳監督全ネパールサッカー協会にて。右から2人目が行徳監督

震災後、試合の機会が減ってしまった代表チームですが、2017年の夏、日本の外務省と日本サッカー協会が協力しチームを日本へ招聘、Jリーグとの交流試合や、阪神大震災を経験した関西地域の防災施設を訪問し、交流を深めました。「日本の支援に感謝しています。行徳監督の指導もとてもありがたいです。日本での滞在は忘れられない経験となりました」、代表チームのキャプテンが笑顔で答えました。

今回、永島さんはほぼサッカーが初めての小学生達を対象にサッカー教室を行いました。体育も導入されていないネパールの小学校。ボールを蹴ることもままならない子供たちに、まずボールと親しむことから教室をスタートさせた永島さん。Jリーグの大きなユニフォームに腕を通して、日本サッカー協会の公式ボールを蹴る。男子も女子も真剣に永島さんの話に耳を傾けました。元日本代表チームの選手が、サッカーを教えてくれた!この経験が彼らの将来を開く何らかの糧になれば・・・そんな思いで指導した永島さんでした。

左:色とりどりのJリーグ寄贈のユニフォーム 右:女子は全員サッカー初めてでした左:色とりどりのJリーグ寄贈のユニフォーム
右:女子は全員サッカー初めてでした

パラリンピックの競技の1つ、「ボッチャ」を教える青年海外協力隊の浅見明子さん(職種:障害児・者支援)にも会いました。浅見さんは障害者だけではなく、健常者にもボッチャを教え、ボッチャを通して健常者と障害者をつなげようとしています。障害のある子供たちがボールを投げてスポーツを楽しむ様子を見て、永島さんは全てのスポーツが持つ、人を育てる力、人をつないでいく力を感じていました。

左:指導にあたる浅見さん 右:障害のある幼児たちがボッチャを楽しんでいました左:指導にあたる浅見さん
右:障害のある幼児たちがボッチャを楽しんでいました

今後の発展に向けて 農業にも「ビジネス」を

人口の6割が農業に従事する、農業国のネパール。険しい山肌も開拓され、美しい段々畑が広がります。

どこを見ても美しい段々畑が拡がるネパールの農村地域どこを見ても美しい段々畑が拡がるネパールの農村地域

ネパールの山岳・丘陵地域は野菜や果物などの生産供給ポテンシャルが高いものの、市場へのアクセスが限られています。ところが、2015年、首都と地方、そしてその先のインドをつなぐ山岳道路が日本の協力により20年の月日を経て完成。この道路の開通によって沿線地域では、主要消費地である首都カトマンズを含む市場をターゲットとした「ビジネス」としての農業の環境が整いつつあります。
しかし、今までは個人消費のために野菜を栽培したり、または町からくるバイヤーに安価で野菜を買いたたかれてきたりしたこともあり、沿線地域の農民達は、どんな野菜を、どんな品質で、どのタイミングで、どんな値段で、どこに売る、といった野菜の栽培やマーケットに関する十分な知識や、グループでの共同販売や農業資機材の共同購入等の経験がありません。そこで今、農民達がビジネスとして農業を営めるよう、彼らの栽培やマーケティング能力の向上をJICAのプロジェクトで支援しています。
「グループで活動するようになり、共同で車を借りてカトマンズの市場まで販売に行けるようになりました。地元で売っていたより、高い値段で野菜を販売することができるようになりました」と答えるのはジャガイモやカリフラワーを栽培中のご夫婦。
この畑もメイン道路から狭い山道に入り、がたがた道を走ること20分程のネパールの山間地らしい急峻な山肌にあります。「こんな厳しい場所で、ネパールの農民の皆さんがビジネスのために野菜を栽培、販売する取り組をしていることを永島さんや日本の皆さんに知って頂きたかったんです」。プロジェクト総括の西垣さんが言いました。

多くの山間地域の農家は、今まで現金収入に恵まれませんでした。多くの山間地域の農家は、今まで現金収入に恵まれませんでした
山岳道路の開通により、住民の生活が大きく変わろうとしています山岳道路の開通により、住民の生活が大きく変わろうとしています

地域での新しい野菜の導入に奮闘しているのは、青年海外協力隊の原田浩司さん(職種:土壌肥料/農業指導)です。原田さんは任地で熱心に野菜栽培を行っている農家を技術の面から支援し、その農家とともにさらに多くの周辺農民に技術を伝えています。ネパールの気候が葉物野菜の栽培に適していると知った原田さんは、高値で取引されるトマトが収穫できない時期に、代わりになる換金作物としてサニーレタスを試験栽培。生野菜を食べる文化がないネパール人に、新しい野菜の食べ方を提案していました。

サニーレタスのラップサンドを試食! 右:ネパールにも近代農業が入りつつあります、と原田さん左:サニーレタスのラップサンドを試食!
右:ネパールにも近代農業が入りつつあります、と原田さん

「今ネパールでも「オーガニック」の食材に注目が集まり始めているんです。完全なオーガニック野菜の栽培は、まだまだハードルが高いですが、新しい市場があります」。農家の将来のために、できることはなんでもやってみたい、という原田さん。復興を超え、新たなネパールの発展に向けた協力が、始まっていました。

地震からの復興、そしてその先の発展を見据えた日本の様々な協力を知った永島さん。
「農業に従事する人が国民の6割を占めるネパール。平均年収 約10万円程度。山岳地帯で情報に閉ざされていると思っていましたが、そんな中、2・3万円するスマートフォンを身につけ世界中の情報を集めている事に驚きました。
今後ネパールでは国内での経済的発展が重要で、そのためには道路も含めたライフラインの充実が不可欠だと感じました。そのピンポイントでの拡充を行っている 日本、JICAの協力に日本人として誇りを感じます。私もサッカーを通じて、ネパールをはじめとする海外と日本の発展に貢献したいと思っています」
永島さんの活動はこれからも続きます。

山の上のスワヤンプナートから、どこまでも建物が拡がる首都カトマンズを一望山の上のスワヤンプナートから、どこまでも建物が拡がる首都カトマンズを一望

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