プロジェクト

「なんとかしなきゃ!プロジェクト」が行うオリジナルのプロジェクトや、著名人インタビュー、イベントレポートなどをご紹介します。
SOS AFRICA
イベントレポート
Breath for Peace

ウガンダスペシャル "Kuk obed tye" (平和あれ)

Breath for Peace発起人である鈴木重子さんは、今回JICAの「ウガンダ北部支援プログラム」の視察で11月11日~16日までウガンダを訪問。そこで、ウガンダ北部での紛争経験を通して平和を音楽でうったえるミュージシャン達と交流した。彼らは重子さんを歓迎し、今回の訪問のために新曲“Kuk obed tye”(平和あれ)を制作。ライブイベントで一緒に歌い踊った。

"Kuk obed tye" (平和あれ)

詩&曲

Lyric&music
NUMAA
(北部ウガンダ音楽協会)
NUMAA
歌詞要約
なぜ俺たちみんなが
つながる必要があるのか?
俺たちみんながつながることで、
人生に平和と愛を
もたらすことができるんだ。

俺たちはみんな平和が好きだ!
平和が俺たちを幸せにしてくれる。
俺たちは今まで平和のために
泣いて苦しんできたが、
今ついに平和がここにある。
みんな、平和がやってきたんだ!
それはきっとみんなを幸せにするだろう!
平和になったのだから、
みんなで力を合わせて貧困を根絶しよう。
俺の叫びが聞こえるかい?

北ウガンダと世界が
平和になりますように。
ここは俺たちの国、部族、
そしてこの土地が俺たちのホーム。
みんながもしお互いに聞く耳を持ち、
俺たちみな力を合わせて、
自分たちの国を誇りに
思うことができたら俺はハッピーだ。
たとえ敵が俺たちを笑おうとも。

NUMAAがみんなを
元気づけにやってきたぜ!
みんなで盛り上がろう!
歌の生まれたところ ウガンダの紛争はとても複雑な争いだ。1986年にクーデターにより政権を取ったムセベニ大統領と袂を分かった新興宗教の指導者コニーは、『神の抵抗軍(LRA)』という軍隊を組織して、活動を本格化した。LRAはあちこちに点在している村を襲い、家を焼き払い、食糧を奪い、村人を脅して兵士にし、抵抗する者は殺した。政府は人々がLRAに加わるのを防ぐため、住民の保護という名目で、あちこちのキャンプに強制的に収容した。そして「キャンプを出た者はLRAと見なす」としたため、大多数の人々は実質的にそこに閉じ込められることとなった。大きな戦闘や虐殺ではなく、緑の森の中の、ゲリラ軍との果てのない戦い。住民は、その巻き添えにされたのだ。 戦いが、政府の治安維持政策という形を取ったため、国際社会の介入は内政干渉として許されず、そのためウガンダの紛争は20年ものあいだ『忘れられた紛争』として続いた。国内避難民の総数は、200万人以上。LRAはまた、少年少女を誘拐して、強制的に兵士に仕立てた。その数3万人以上。人々は、自分の家族や友人に、殺されることになったのだ。 2006年に敵対行為停止の合意がなされたが、和平の合意には未だ至っていない。キャンプのハットはすべて取り壊され、伸びの早い草が跡を覆い、紛争の影はあとかたもない。けれど住民の心の傷と恐怖は、今もなくなっていない。(鈴木重子)
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NORTHERN UGANDA MUSIC ARTISTS ASSOCIATION

鈴木重子さんがウガンダで交流したミュージシャンの団体、NUMAA(北部ウガンダ音楽協会;NORTHERN UGANDA MUSIC ARTISTS ASSOCIATION)は紛争地であった北部ウガンダで活躍する歌手達の集まりである。メンバーは7名で、元少年兵が2名、両親を亡くしたメンバーも3名いる。彼らの歌う曲の内容は、紛争でなくした両親を恋しく思う気持ち、元少年兵の苦しみ、避難民キャンプの生活の厳しさ、平和を待ち望む気持ちと、まさに戦いの地で生まれたものである。

NUMAAメンバーとのライブレポート

重子さんは、ウガンダ北部のアナカの村でNUMAAのメンバーが開いたライブイベントに参加した。会場はアナカの県庁(といっても、日本の住宅のような簡素な建物)の前の大きな木の下。村の人たちは、昔から何かまつりごとのあるときは、いつもこの木の下に集まってきたそうだ。この日はなんと2千人もの人々が集合。村の人たちもみな紛争を経験し、難民キャンプより戻ったものの、暮らしは貧しく、略奪・殺人の不安の中で暮らしているという。
NUMAA(北部ウガンダ音楽家協会)のミュージシャンたちによるパフォーマンスがはじまった。日本のコメディアンにも負けないくらい、陽気で楽しいアチョリ語のMCに乗って、それぞれのメンバーが自作の曲を歌い、踊る。躍動する16ビートのリズムと、ウガンダ特有のグルーブのメロディが組み合わさって、大きく奥行きあるうねりを出している。日本人の私には、とうてい思いおよばない、そのタイム感、澄んで力強く、それでいて軽やかな声。そして、ダンスも素晴らしい。ヒップホップの踊りの源が、アフリカンダンスにあるのだということが、とてもよくわかった。まるで、液体のように、なめらかに動く、からだ。日本のひとに見せてあげたい、大きな木の下の饗宴。

彼らのうたの歌詞はそれぞれ、もと少年兵であることの悲しみや、紛争で亡くした両親への想い、平和への訴えなど、本当に切実な内容ばかりなのだが、彼らはそれを、明るいビートに乗せて、陽気に楽しく訴えてゆく。音楽に乗せられて、村人たちが輪の中に入ってきて踊り出す。小さな子どもから、80歳を超えると思われるおじいさん、おばあさんまでが、みんな楽しそうに、会場せましと踊る。それがまた、すばらしく上手なのだ。

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NUMAAのメンバーは、あちこちの村に出かけてはこうして音楽とともに平和を訴えているのだそうだ。「争いなんて何の意味もないよ。」自らのつらい経験を乗り越え平和を選ぶ彼らの言葉から、真実が痛いほど聴こえた。見物人はますます膨れ上がり、皆の意気も最高潮。彼らのパフォーマンスの後に、私も‘ふるさと’を歌った。アフリカン・ミュージックを聴いて育った彼らの耳に、日本のうたはどんなふうに聴こえたことだろう。

最後に、NUMAAのみんなが、この日のために作曲してくれたKuc Obed Tye(平和あれ)という曲を、一緒に歌う。リーダーのOkweraさんは、夜なべでこの曲のトラックを作ってくれた。

覚えたてのアチョリ語の歌詞を、私も一緒に歌った。一緒に歌い、踊るうちに、アフリカのリズムがだんだん体にしみこんでくる。自分たちの言葉で歌う私に、村の人たちも大喝采。最後は、JICAの日本人スタッフはじめ、村長さんも国会議員さんも、みんな踊りの輪に加わって、大団円となった。土ぼこりの道いっぱいに、帰っていく人たち(自転車で2時間かけて、来てくれた人もいた!)の後ろ姿を眺めながら、彼らの安全がずっと続くこと、新しい自由や幸せを見つけていけることを、こころから祈った。(鈴木重子)


Breath for Peaceにも登場した、アンジェラ・カタトゥンバさんと対面

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このライブの前に、重子さんはEpisode8にエントリーしたウガンダのトップシンガー、アンジェラ・カタトゥンバさんと対面した。アンジェラさんは学生時代をイギリスと北米で過ごし、ウガンダではホテルを経営する実業家。学生時代に故郷の惨状を知り、持ち前の行動力と自分の歌唱力を使ってキャンペーンソング“For You Gulu”(グルの人々のために)を制作。グルでの支援活動をはじめた。アンジェラさんは自分の経営するホテルで重子さんをディナーに招待し、歓迎した。
アンジェラさんは、大きな目に明るい光を灯した、とびきり前向きで素敵な人だった。彼女が食事に招待してくれたホテルは、彼女みずからは経営しているという。この仕事をしながら、彼女は歌い、グルの支援活動もしているのだ。イギリスと北米で教育を受けた彼女は、生きがいをもとめてウガンダに還り、北部の紛争の惨状を知って、その日のうちに支援を始めることに決めた。これまでに、一億円分以上の物資を、みずから集めて、北部のグル県に送っている。彼女は‘For You Gulu’を、いままでにいちばん短い時間で作曲したそうだ。

“それまでチャリティのことなど考えたこともなかった私なのに、紛争の被害をネットで調べ、傷ついた人々の写真を目にした途端、あふれるようにメロディが出てきたの。”

こんなに遠い国に来て、こんな心の通じるひとに会えるとは(鈴木重子)
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