"Kuk obed tye" (平和あれ)
| 詩&曲 Lyric&music |
NUMAA (北部ウガンダ音楽協会) NUMAA |
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ウガンダの紛争はとても複雑な争いだ。1986年にクーデターにより政権を取ったムセベニ大統領と袂を分かった新興宗教の指導者コニーは、『神の抵抗軍(LRA)』という軍隊を組織して、活動を本格化した。LRAはあちこちに点在している村を襲い、家を焼き払い、食糧を奪い、村人を脅して兵士にし、抵抗する者は殺した。政府は人々がLRAに加わるのを防ぐため、住民の保護という名目で、あちこちのキャンプに強制的に収容した。そして「キャンプを出た者はLRAと見なす」としたため、大多数の人々は実質的にそこに閉じ込められることとなった。大きな戦闘や虐殺ではなく、緑の森の中の、ゲリラ軍との果てのない戦い。住民は、その巻き添えにされたのだ。
戦いが、政府の治安維持政策という形を取ったため、国際社会の介入は内政干渉として許されず、そのためウガンダの紛争は20年ものあいだ『忘れられた紛争』として続いた。国内避難民の総数は、200万人以上。LRAはまた、少年少女を誘拐して、強制的に兵士に仕立てた。その数3万人以上。人々は、自分の家族や友人に、殺されることになったのだ。
2006年に敵対行為停止の合意がなされたが、和平の合意には未だ至っていない。キャンプのハットはすべて取り壊され、伸びの早い草が跡を覆い、紛争の影はあとかたもない。けれど住民の心の傷と恐怖は、今もなくなっていない。(鈴木重子)


