

「自分が目にしたこと、感じたことをわかりやすく伝えたい」・・・そんな思いを胸に、さまざまな国を訪れている藤原紀香さん。きっかけは、2002年に訪れたアフガニスタンでした。紛争の爪痕が生々しく残るアフガニスタンで、気がつけば1,500枚を超える写真を撮っていたという藤原さん。帰国後、写真展の開催や小学校での授業を通じて多くの人々にメッセージを伝えるとともに、「世界の子どもたちに笑顔を」を合言葉に、“Smile Please☆藤原紀香世界こども基金”を立ち上げました。
藤原さんが特に力を入れているのは、子どもたちの教育支援です。「教育の機会が与えられれば、未来の選択肢が広がる」と語る藤原さんは、2004年秋のカンボジア訪問をきっかけに特定非営利活動法人JHP・学校をつくる会と出会い、校舎の建設や音楽教育の普及活動を支援しています。
今回のカンボジア訪問は、2008年3月に続いて約3年ぶり、3回目の訪問となりました。藤原さんが現地で出会った子どもたちや、カンボジアの未来を支える人々の存在を写真とともにご紹介します。
藤原紀香 NORIKA FUJIWARA
俳優。兵庫県出身。ドラマ、CM、司会などで活躍。 2002年、日韓国民交流年で親善大使。戦乱で傷ついたアフガニスタンをとらえた写真展を2004年6月にニューヨークの国連で開催し、その際、アナン元事務総長に面会。 2006年、東ティモール訪問後、同じく国連本部で写真展を開催。スピーチも行う。2007年より、日本赤十字社広報特使として、ケニア、バングラディシュなど各国を訪問。 また、2010年自身のNPO「Smile Please☆世界子ども基金」を設立し、これまでにアフガニスタンやカンボジアに学校を設立。
>>プロフィール詳細
>>Smile Please ★ 藤原紀香 世界こども基金
藤原さんが特に力を入れているのは、子どもたちの教育支援です。「教育の機会が与えられれば、未来の選択肢が広がる」と語る藤原さんは、2004年秋のカンボジア訪問をきっかけに特定非営利活動法人JHP・学校をつくる会と出会い、校舎の建設や音楽教育の普及活動を支援しています。
今回のカンボジア訪問は、2008年3月に続いて約3年ぶり、3回目の訪問となりました。藤原さんが現地で出会った子どもたちや、カンボジアの未来を支える人々の存在を写真とともにご紹介します。
藤原紀香 NORIKA FUJIWARA
俳優。兵庫県出身。ドラマ、CM、司会などで活躍。 2002年、日韓国民交流年で親善大使。戦乱で傷ついたアフガニスタンをとらえた写真展を2004年6月にニューヨークの国連で開催し、その際、アナン元事務総長に面会。 2006年、東ティモール訪問後、同じく国連本部で写真展を開催。スピーチも行う。2007年より、日本赤十字社広報特使として、ケニア、バングラディシュなど各国を訪問。 また、2010年自身のNPO「Smile Please☆世界子ども基金」を設立し、これまでにアフガニスタンやカンボジアに学校を設立。
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現場を訪れる理由
藤原さんがまず訪れたのは、プノンペンから車で約2時間半、カンボジア南東部にあるスヴァイリエン県。JHP・学校をつくる会が支援する小学校の1つ、ワットトゥールティエット小学校に、藤原さんの基金で新しい校舎が建てられました。
基金を支えているのは、藤原さんが日本で開催した写真展などの収益金や個人・企業・団体からの寄付金です。「校舎を建てるだけでなく、定期的に訪れて、日本のみんなの支えがあって協力できたということもちゃんと伝えたい」そう話す藤原さんは、記念式典のスピーチで、夢を持って勉強に励むよう、子どもたちに呼びかけました。
基金を支えているのは、藤原さんが日本で開催した写真展などの収益金や個人・企業・団体からの寄付金です。「校舎を建てるだけでなく、定期的に訪れて、日本のみんなの支えがあって協力できたということもちゃんと伝えたい」そう話す藤原さんは、記念式典のスピーチで、夢を持って勉強に励むよう、子どもたちに呼びかけました。
新校舎でテープカットをする藤原さん ©JHP・学校をつくる会子どもたちの夢を、応援したい
続いて訪れたのはメーサン小学校。国道1号線をそれて未舗装の道を30分ほど進むと、緑の木々に囲まれた校庭に全校生徒約300人が集まっていました。ここには、2008年3月に完成した「紀香学校」が建っています。約3年ぶりの再会となった子どもたちに、文房具や教科書、サッカーボールなどが贈られました。
贈呈式の間、緊張した面持ちで並んでいた子どもたちも、記念撮影を終えると藤原さんを取り囲み、一緒に遊ぼうと誘います。藤原さんが挑戦したのは羽根つき。バドミントンの羽根のようなものを手で打ち合うのですが、これがなかなかハード。息詰まるラリーに、子どもたちから大歓声が上がっていました。
雨季の始まりを迎えたカンボジアは、この頃が1年で一番暑い時期。全身全霊で子どもたちと遊ぶ姿に、カンボジアの子どもたちの夢を応援したいという思いの強さが伝わってきました。
贈呈式の間、緊張した面持ちで並んでいた子どもたちも、記念撮影を終えると藤原さんを取り囲み、一緒に遊ぼうと誘います。藤原さんが挑戦したのは羽根つき。バドミントンの羽根のようなものを手で打ち合うのですが、これがなかなかハード。息詰まるラリーに、子どもたちから大歓声が上がっていました。
雨季の始まりを迎えたカンボジアは、この頃が1年で一番暑い時期。全身全霊で子どもたちと遊ぶ姿に、カンボジアの子どもたちの夢を応援したいという思いの強さが伝わってきました。
子どもたちにノートやボールを手渡す藤原さん
白熱する羽根つきのラリー『女性を中心に』 新しい概念を伝えるという挑戦
助産師のこころを伝える小山内専門家(左)
生まれたばかりの赤ちゃんに寄り添うお母さん
翌朝は、プノンペン市内にある国立母子保健センターへ。この施設は日本政府の支援で建てられ、1995年から続くJICAの技術協力の拠点です。日本から派遣されている小山内泰代専門家と、Kanal所長の案内でセンター内を視察しました。
まずは生後間もない赤ちゃんが保育されている新生児室へ。わずか1600グラムで生まれた小さな赤ちゃんが、保育器の中で命をつないでいます。15年前の状況を知る小山内専門家は、「当時は赤ちゃんの命も粗末に扱われていましたが、今ではみんなの頑張りでケアが行き届くようになりました」とプロジェクトの成果を紹介しました。
ドラマで産科医の役を演じたこともある藤原さんは、日本の産科医療の現場が抱える問題にもふれる機会がありました。「カンボジアでは何が問題になっていて、プロジェクトが力を入れているのはどんな活動か。また、カンボジアから学ぶことはあるか」という藤原さんの問いに、小山内専門家は次のように答えました。
「カンボジアではまだまだ妊産婦の死亡率が高い状態。安心で安全なお産ができるよう、女性の産む力を引き出せるような助産師を育てています。今までカンボジアにはなかった、『女性を中心に』というコンセプトをいかに根付かせるか。まさに新しい言葉をつくり出していくのがプロジェクトの醍醐味です」
「カンボジアにあって日本にはないもの・・・お産が生活から切り離されていないのがすばらしいと思います。家族がお産に立ち会い、一緒に陣痛を乗り越えるのが一般的。お産は女性が一番美しくなれる時でもあるので、1人でも多くのお母さんがそんな時を迎えられるよう、これからも協力していきたいですね」
まずは生後間もない赤ちゃんが保育されている新生児室へ。わずか1600グラムで生まれた小さな赤ちゃんが、保育器の中で命をつないでいます。15年前の状況を知る小山内専門家は、「当時は赤ちゃんの命も粗末に扱われていましたが、今ではみんなの頑張りでケアが行き届くようになりました」とプロジェクトの成果を紹介しました。
ドラマで産科医の役を演じたこともある藤原さんは、日本の産科医療の現場が抱える問題にもふれる機会がありました。「カンボジアでは何が問題になっていて、プロジェクトが力を入れているのはどんな活動か。また、カンボジアから学ぶことはあるか」という藤原さんの問いに、小山内専門家は次のように答えました。
「カンボジアではまだまだ妊産婦の死亡率が高い状態。安心で安全なお産ができるよう、女性の産む力を引き出せるような助産師を育てています。今までカンボジアにはなかった、『女性を中心に』というコンセプトをいかに根付かせるか。まさに新しい言葉をつくり出していくのがプロジェクトの醍醐味です」
「カンボジアにあって日本にはないもの・・・お産が生活から切り離されていないのがすばらしいと思います。家族がお産に立ち会い、一緒に陣痛を乗り越えるのが一般的。お産は女性が一番美しくなれる時でもあるので、1人でも多くのお母さんがそんな時を迎えられるよう、これからも協力していきたいですね」
音楽を通して、広がる国際協力の輪
再びJHP・学校をつくる会のスタッフと合流し、JHP主催の音楽コンテスト会場へ。音楽や美術などの情操教育が正式に行われていないカンボジアで、子どもたちが音楽に親しむ機会を持てるよう、JHPでは楽器・楽譜の寄贈や音楽教師の養成、マーチングバンドの指導といった活動も続けています。今年で7回目を数える音楽コンテストは、音楽の授業を取り入れ始めた学校の意欲を高めるために、JHPが企画した年に1度のイベントです。
会場には、青年海外協力隊の姿もありました。地区予選を勝ち抜いて、はるばるシアヌークヴィルという海辺の町から児童を引率して来た交久瀬早希隊員は、JHPが支援するカンボジア日本友好サクラ学園小学校で音楽を教えています。藤原さんから活動の目標を尋ねられ、彼女は次のように答えました。
「まずは与えられた2年間を全うしたい。カンボジア全体を変えることなどできないけれど、自分がいる小学校とその周りだけでもちょっとずつ変えていきたい。いろいろ悩んで葛藤もあるけれど、子どもたちのために頑張ろうと決めました」
JHPのプノンペン事務所に配属され、マーチングバンドの指導を主に担当している協力隊員もいます。和歌山県出身の西浦りか隊員は、「元々カンボジアが好きで、音楽にもずっと携わっていた。カンボジアでマーチングバンドを教えるという協力隊員の募集を見て、『私が行かなくて誰が行く?』と応募しました」と当時の意気込みを語りました。
会場には、青年海外協力隊の姿もありました。地区予選を勝ち抜いて、はるばるシアヌークヴィルという海辺の町から児童を引率して来た交久瀬早希隊員は、JHPが支援するカンボジア日本友好サクラ学園小学校で音楽を教えています。藤原さんから活動の目標を尋ねられ、彼女は次のように答えました。
「まずは与えられた2年間を全うしたい。カンボジア全体を変えることなどできないけれど、自分がいる小学校とその周りだけでもちょっとずつ変えていきたい。いろいろ悩んで葛藤もあるけれど、子どもたちのために頑張ろうと決めました」
JHPのプノンペン事務所に配属され、マーチングバンドの指導を主に担当している協力隊員もいます。和歌山県出身の西浦りか隊員は、「元々カンボジアが好きで、音楽にもずっと携わっていた。カンボジアでマーチングバンドを教えるという協力隊員の募集を見て、『私が行かなくて誰が行く?』と応募しました」と当時の意気込みを語りました。
音楽コンテスト(小学校の部)の様子
カンボジア日本友好サクラ学園小学校の児童と交久瀬隊員(右端)カンボジアから日本へ、元気のバトンタッチ
Smile Please☆藤原紀香世界こども基金の枠組みを活かして東日本大震災被災者への義援金を募り、自ら被災地にも足を運んでいる藤原さん。あの震災がカンボジアの人々にどう受け止められたか、協力隊員たちに尋ねました。
「街を歩いていて自分が日本人だとわかると、知らない人からも『家族は大丈夫か』と心配されました。『心配してくれてありがとう』と答えると、『日本はこれまでカンボジアのためにいろいろ支援してくれた大切な国だ』と即答が返って来て、社交辞令ではなく、日本は本当に感謝されているのだと伝わってきました。これまでの国際協力の積み重ねが日本人に対する良いイメージにつながって、家族を心配するのと同じように日本の被災者を気遣ってくれていると感じます」
カンボジアの人々のためにボランティアをしようと、青年海外協力隊に参加し、3.11をカンボジアで迎えた隊員たち。「今度は私たちが日本を助ける番だ」と立ち上がるカンボジアの人々の温かい心にふれて、活動に対する使命感を新たにしました。
「自分はカンボジアでできることをまずやって、今もらった元気と笑顔を日本に還元していきたい。元気と笑顔のバトンタッチです」
「街を歩いていて自分が日本人だとわかると、知らない人からも『家族は大丈夫か』と心配されました。『心配してくれてありがとう』と答えると、『日本はこれまでカンボジアのためにいろいろ支援してくれた大切な国だ』と即答が返って来て、社交辞令ではなく、日本は本当に感謝されているのだと伝わってきました。これまでの国際協力の積み重ねが日本人に対する良いイメージにつながって、家族を心配するのと同じように日本の被災者を気遣ってくれていると感じます」
カンボジアの人々のためにボランティアをしようと、青年海外協力隊に参加し、3.11をカンボジアで迎えた隊員たち。「今度は私たちが日本を助ける番だ」と立ち上がるカンボジアの人々の温かい心にふれて、活動に対する使命感を新たにしました。
「自分はカンボジアでできることをまずやって、今もらった元気と笑顔を日本に還元していきたい。元気と笑顔のバトンタッチです」
協力隊員が配属されている学校で、東日本大震災被災地へのメッセージが寄せられた
カンボジアの人々からの温かいメッセージ幸せの子どもの家
旅の終わりに訪れたのは、「幸せの子どもの家(CCH; The Center for Children’s Happiness)」。JHP・学校をつくる会が2002年に設立した、児童擁護施設です。親から虐待を受けた子どもやストリートチルドレンなどが保護され、教育や職業訓練等を受けながら約140名が生活しています。
バスを降りると、歓迎の嵐。みんな英語で話しかけてきます。案内されたステージで子どもたちによる民族舞踊が披露され、最後は藤原さんもステージに上がって一緒に歌いました。
「子どもたちと接すると、毎回エネルギーをもらえる」と語る藤原さんは、時間の許す限り子どもたちとおしゃべりしたり歌を歌ったり、穏やかな時を過ごしました。
バスを降りると、歓迎の嵐。みんな英語で話しかけてきます。案内されたステージで子どもたちによる民族舞踊が披露され、最後は藤原さんもステージに上がって一緒に歌いました。
「子どもたちと接すると、毎回エネルギーをもらえる」と語る藤原さんは、時間の許す限り子どもたちとおしゃべりしたり歌を歌ったり、穏やかな時を過ごしました。
幸せの子どもの家の少女たちと未来へつながる、なんとかしなきゃ!の思い
3度目のカンボジア訪問で、また新たな出会いを経験した藤原紀香さん。旅全体をふり返って、次のように語りました。
「たくさんの子どもたちと接して一緒に遊んで、いろんなことを教わります。日本では忘れてしまいそうな感謝の気持ち、人として大切な部分がここにはあるんです」
「日本を飛び出して、自分のやりたいことをカンボジアで実現している青年海外協力隊の姿にも感銘を受けました。まずは自分のできることから、自分に与えられた役割を一歩ずつ果たしていこうという思いが目の光に表れていて、とても素敵。一人ひとりがなんとかしなきゃ!と思って動いた行動力が、確実に未来につながっているんだと実感しました」
「たくさんの子どもたちと接して一緒に遊んで、いろんなことを教わります。日本では忘れてしまいそうな感謝の気持ち、人として大切な部分がここにはあるんです」
「日本を飛び出して、自分のやりたいことをカンボジアで実現している青年海外協力隊の姿にも感銘を受けました。まずは自分のできることから、自分に与えられた役割を一歩ずつ果たしていこうという思いが目の光に表れていて、とても素敵。一人ひとりがなんとかしなきゃ!と思って動いた行動力が、確実に未来につながっているんだと実感しました」
紀香学校の前で、Mesang小学校の児童たちと
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