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世界が見えるトピックス 特集

映画『判決、ふたつの希望』コラボ企画② ジアド・ドゥエイリ監督インタビュー

◆映画予告編
https://youtu.be/GrTlVv2YMlQ

 

2018年8月31日、一本の映画が日本で封切りになりました。タイトルは『判決、ふたつの希望』。第90回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたこの作品は、中東の国レバノンの首都ベイルートを舞台とし、キリスト教徒のトニーと、パレスチナ難民ヤーセルとの間におきた些細な口論が、法廷闘争、やがて国を揺るがす騒乱にまで発展していく物語です。
「なんとかしなきゃ!プロジェクト」は、この映画の配給会社ロングライドとコラボし、作品の魅力に迫るとともに、日本人にとっては馴染みの薄い国レバノン、パレスチナ難民問題、そしてJICAによる支援などを紹介します。
第二弾企画は、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)にも勤務していたJICAの田中 理が、ジアド・ドゥエイリ監督にインタビュー。作品作りにかける思いから、監督の個人的な経験にいたるまで、たっぷりと語っていただきました。

 

【コラボ企画第一弾 映画を鑑賞した大学生×JICA田中 理の座談会はコチラ

 

-『判決、ふたつの希望』を観て、レバノン社会の極めてセンシティブな部分を歯に衣着せぬ表現で描いた勇気に感銘を受けました。監督は、登場人物たちにそうした台詞を口に出させる勇気をどのように持ったのでしょうか?

勇気ということではなくて、僕は、「表現の自由」を信じているんです。そして、ストーリーというものを愛している。自分の気持ちを発信し、それを観客と分かち合うことが僕の仕事です。この映画は、社会に変革をもたらしたいから作ったわけではありません。映画監督や小説家は、そういう社会責任を負っているものではないと考えています。まして、自分は、他人に道徳のレッスンを与えられるような資格を持っているとは思えない(笑)。僕は、自分自身が経験したことを通して、物語を発信することしかできないんです。

 

-監督は、「映画は、メッセージではなく、ストーリーである」とおっしゃっていましたよね。
ええ。僕が映画監督として喜びを感じるのは、毎朝デスクに向かって、共同脚本家と議論し、アイデアを出し合いながら、ストーリーを作っていくことです。登場人物の気持ちをどんな風に表現するのか、キャラクターをどうやって面白く仕立てていくのか……ストーリーテリングが僕の仕事です。

© 2017 TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL – EZEKIEL FILMS – SCOPE PICTURES – DOURI FILMS

 

-作品中で、二人の主人公たちはもとより、私がいいな、と思ったのが、彼らの妻たちの存在でした。
僕も妻たちを非常に気に入っています。妻という存在はいつも素晴らしい(笑)。トニーとヤーセルという二人の男性は、人間の尊厳を持った善き人物であると同時に、頑固な性格を持ったキャラクターでもあります。僕は、脚本を書くときには、主人公がいて、それから主人公に敵対的なキャラクターを作って、ドラマを作っていきます。今回、妻たちは、その二人の男性とのバランスをとる存在として生まれました。彼女たちを描くにあたって、狙いは二つあったんです。まず、現実のアラブの女性というのは本当の意味で声を与えられていないため、作品では、自由に思考し開かれた精神を持っている美しい女性像を描きたかった。そして二つ目は、世代の違いを見せるという意図でした。彼女たちは夫よりも若いため、経験していることが違う。つまり、世代間の違いや対立も、彼女たちの存在によって浮き彫りになるわけです。
それから、重要なキャラクターといえば、やはり判事です。僕は、あえて女性を判事にしました。聡明で客観性を持つ女性が、二人の男性の間に存在するということがすごく面白いと思ったからです。

 

-劇中では、女性の存在をはじめ、社会におけるダイバーシティについても描かれていますよね。いろいろな宗教や民族のグループというマイノリティが存在するわけです。それは、JICAで仕事をして、常にさまざまな文化と相対する我々にとっても、非常に重要なことだと思いました。
JICAでは、内戦終結以来レバノンの復興及び発展のための支援を行っています。また、パレスチナ難民への支援を含む、中東各国への開発や復興協力も積極的に進めてきました。たとえば、レバノンのパレスチナ難民キャンプの下水網をJICAが整備した実績があります。レバノン政府がレバノン南部の街の下水網を改修したとき、そのなかに位置していたアイン・エル・ヘルワのパレスチナ難民キャンプは対象外だったため、JICAがUNRWAと連携して、この難民キャンプの下水網を無償で整備したんです。
実は当初、そのキャンプでこの作品の撮影をしようとしていました。けれど、危険過ぎるということで、諦めたんです。一番状況の良くないキャンプの一つですよね。そんなところにまで、日本やスカンジナビアの国々が支援にやってきてくれることに、僕はとても魅了されるし、素晴らしいと思うんです。なんの義務もないのに、安定している社会から、わざわざ遠くの混乱している場所にまできてくれて。非常に立派で人道的な行動だと思います。ただ、その素晴らしい善意をもってしても、常にうまくいくわけではないでしょう。道のりはきっと険しい。だけど、それを継続してほしい。グッドラック! と言いたいですね(笑)。

 

-ありがとうございます。国際協力のプロたるJICAの人間として、お互い対話することの重要性、異文化を受け入れることの大切さを描いたこの映画は、大きな励みになりました。我々が異なる文化を持つ国の人々と仕事をするにあたっての最初の一歩は、相手の心を知ること。それを、この映画を観て改めて感じました。人間は、自分で作った壁を超えて相手と対話することを、億劫がらずに実行しなければいけないのだと。

僕も、自分自身のボーダーを超えていきたいと思っています。ただ、繰り返しになりますが、それは決して社会を変えるという目的のためではありません。相手が何を感じているかについて、好奇心を持っているからなんです。僕は、前作と今回の作品で、敵が増えました。その主な理由は、前作において、イスラエルでイスラエルの方とともに撮影したことでした。それは、アラブ圏の人間が一番してはいけないことだから。そんなことをしたレバノン人は他にはいないでしょう。僕は、アルジャジーラなどの報道機関でも、それをオープンに発言したから、みんなが驚いて、大きな騒ぎが起こりました。だけど、それは、社会的な物議を醸し出したかったとか、社会変革をもたらしたかったからではありません。僕がやりかったから行動しただけなんです。

 

-なるほど。今回の作品では、お互いの家族やグループに起きた過去の惨事を、裁判を通じて相互に再認識する作業が含まれていたように思われます。お互いの身に起きた悲劇への理解が相手を許す気持ちにつながっていったことが印象的でした。
それは、根本的なことだと思います。個人的な例を申し上げると、僕は、「ユダヤ人は悪い奴らだ」と教えられて育ちました。けれど、1982年に渡米して、カリフォルニアの大学で映画を学びはじめたときに、ホロコーストについてのもっとも有名なドキュメンタリーである『夜と霧』を授業で観せられて、泣きました。泣いて、混乱して、そして、ユダヤ人のために涙を流した自分自身に罪悪感を抱きながら、家に帰ったんです。なぜ自分たちを被害者たらしめた人々もまた、被害者として描かれているんだって……僕は、子どものころ、ユダヤ人が体験したホロコーストを学んでいなかったから、彼らがかつて苦しんでいたなんて想像したこともなかった。けれど、それをきっかけに、僕は、自分と彼らの間にある壁のレンガを一つ取り除けたような感覚があったんです。

 

-この作品は決してレバノンだけの話ではなく、非常にグローバルで普遍的な話なんですね。
あらゆる国で起こりうる話だと思います。二週間前に、クロアチアで映画祭の観客賞をいただけたのは、内戦を経験した彼らが自分たちの姿をこの作品に見出したからでしょう。スペインも同様です。そして、僕が一番驚いたのは、アメリカでの反応です。アメリカの人々も、社会が分断されていると感じているから、作品に自分たちの姿を重ねて、解決方法を見出すヒントにしてくださった。ただ、僕はこの映画を参考にしてくれと言いたいわけではありません。みなさんがそれぞれに、自分たちのやり方を見つけてほしいと願っています。

 

-ますます社会が多様化していく日本で暮らす我々にとっても、非常に大きな学びがありました。本日はありがとうございました。

© 2017 TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL – EZEKIEL FILMS – SCOPE PICTURES – DOURI FILMS

映画「判決、ふたつの希望」についての詳しい情報は公式HPをチェックしてみてください!

 

◆「判決、ふたつの希望」公式HP

http://longride.jp/insult/

 

 

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