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500年前に発見されたアフリカ大陸の「喜望峰」って?

500年前に発見されたアフリカ大陸の「喜望峰」って?

社会の授業で「喜望峰」という名の岬を聞いた事はありませんか? 喜望峰は、南アフリカ共和国の西ケープ州、ケープタウンに位置し、その歴史は500年以上も昔の1488年にまでさかのぼります。
ポルトガルの航海者であるバルトロメウ・ディアスは、ポルトガルの当時の国王だったジョアン2世に、ポルトガルとアジアとの貿易ルートを探るため、アフリカへの航海を命じられます。当時、ポルトガルでは国を挙げてインドとの交易を推進しようとしていたのです。当時の海の移動手段は帆船。風の力を利用して進むため、移動速度は遅く危険を伴うものでした。

 

嵐に遭い漂流しているうちにアフリカ大陸を通過

コンゴ川の河口付近に向けて出発したディアスは、そのまま海岸に沿って南に進んでいきます。まだ世界地図が明らかになっていない時代です。広大なアフリカ大陸を海岸沿いに進むことで地理を理解し、インドまでのルートを見つけようとディアス一行は南に進みました。しかしその途中で嵐が襲ってきます。帆船は激しい風雨にあおられ、なすすべもなく大海を漂うことになりました。

 

ようやく嵐を通り過ぎた一行は、東に向かいます。東に向かえば、いつかアフリカ大陸の海岸に到達するはずだからです。しかしどんなに進んでも陸地は見えてきません。不思議に思った一行は、「ひょっとしたら嵐で流されている間に、アフリカ大陸を通り過ぎてしまったのでは?」という仮説にたどり着きます。そこで、東に進むのをやめて北に進路を変えてみると、西側に大陸が見えてきました。アフリカ大陸です。ディアスはすでにアフリカ大陸の南端を通り過ぎていたのですね。

 

ここからさらにアフリカ大陸の海岸沿いに進めば、念願のインドまで到達できるのですが、まだ誰も知らない未開の地をこれ以上進むことは、嵐で漂流しかけた乗組員にとって恐怖でしかなく、ここで断念しいったんポルトガルに引き返すことになります。そして、帰り道で喜望峰を発見するのです。

 

 

現在は歴史的な観光スポットとして人気

ポルトガルに戻ったディアスは国王に長い航海の成果を報告します。嵐に遭ったことから、ディアスは帰り道に発見した岬を「嵐の岬」(Cabo das Tormentas) としたのですが、インドまでのルートを発見したことに喜んだ国王が、「喜望峰」(Cabo da Boa Esperanca) と名付けました。なお、この岬の英語名は「Cape of Good Hope」。本来は「希望岬」が正しい訳名ですが、現在の「喜望峰」という漢字になった理由は明らかになっていません。

 

ディアスの成果により喜望峰が発見され、その後ヴァスコ・ダ・ガマが実際にインドまでの航海ルートを確立。ポルトガルは航海ルートを安定させることで、インドとの香料貿易によって繁栄し、ヨーロッパでの勢力を高めました。喜望峰はまさにその名の通り、ポルトガルの希望の岬となったのです。

 

このような背景から、喜望峰はヨーロッパにおけるインドへの航海ルートの要所として知られることになりました。現在も多くの観光客が訪れる観光スポットしても有名ですが、実は最南端の岬というわけではありません。実際は喜望峰から約150kmも離れるアガラス岬がアフリカ大陸の最南端です。最南端ではなくても、500年前のポルトガルの国王と冒険家たちの希望の岬となった喜望峰は、観光客の心をとらえて離さないのです。

 

 

 

 

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